お針子は王子様
青春学園生活、短編作品です。調理科の真幸がある日雑用で服飾科へ。そこにいた生徒は・・・王子様だった。
1
平凡であり平穏。それが俺「真幸(マユキ)」の生活だった。
学校の成績は可もなく不可もなく、運動は人並み。
顔も少し童顔だが濃くも薄くもない、どこにでもいるような顔だろう。
身長は……160cmちょうどだから、成人男性の平均より少し低いけど…
俺はまだ高校生だ!成人じゃないから、まだこれから伸びるに違いない!
多分……
そんな平凡で平穏な生活を送っていた俺だが、ある日それが大きく変わった。
***
ある日の昼休み。俺は学園の中で普段来ることがない専門館に来ていた。
俺の通う高校は専門科目に力を入れる学園で、俺が所属する調理科の他に、園芸科や服飾科がある。
基本的に各科に教室が与えられているので、他の科の教室に行くことはない。
その中でも服飾科は校舎の離れである専門館にあるので、俺達調理科が足を踏み入れることなんて、在学中にあるかないかというくらいだ。
しかし俺は今、その専門館に来ている。理由は担任の雑用だ。
俺の担任が服飾科の教師に回す急ぎの書類があったけど、会議と重なったらしい。
そこへ不運にも通りかかった俺に、書類を届けるのを押し付けたのだ。
面倒臭い以外の何者でもないが、仕方なく俺は書類を届けることにした。
***
専門館へ入ると、同じ学園なのに全く違う雰囲気に少し驚いた。
調理科は「衛生第一」であり、細かい所まで掃除が行き届いているが、ここは少し違う。
汚いとまでは言わないが、埃や汚れが目立つ所もある。もしかしたらこれくらいが普通で、調理科が念入りなのかもしれない。
そんなことを感じながら俺は服飾科の教室へ足を進めた。
専門館の中でも奥にある服飾科の教室。その前まで来ると、中からは人の気配やミシンの音がする。
さすが服飾科だと思いながら、俺は教室のドアを開けた。
バサァッ
「…………」
驚き過ぎて声も出ない。そして体も動かない。
ドアを開けた俺を出迎えたのは、とても柔らかく肌触りが良い……
…布だった。
「こらぁ!せっかくの上質な生地を投げんじゃねぇ!」
布の次に飛んできたのは怒鳴り声だ。
「だいたいなぁ…あ?」
怒鳴っていた人は、布が飛んだ先に俺がいたことに気付いた。
「うわ、ほら見ろ。人に当たっただろ」
そう言って怒鳴っていた人は俺の傍に来た。
傍まで来たその人は、俺よりずっと背が高い男子だった。
赤く染めた髪。第二ボタンまで開けたシャツとその下に見える派手なインナー。
学校指定じゃない柄物のネクタイを下げて結んでいるその姿は不良そのものだ。
しかし不良に見えないのは、それらがお洒落に見えてしまう着崩し方であり、それでいてその赤毛の人が美形だからだろう。
「君、怪我は?」
見た目に反して物腰柔らかな話し方をされ、俺は拍子抜けしてぎこちなく返事をする。
「なぃ……です」
「そりゃあ良かった。いきなり悪かったな」
赤毛の人は布を拾うと、再び口調を変えて怒鳴った。
「おぉい!!お前も謝れ!」
いきなりの怒声に俺は肩を震わせてびくつく。
その怒鳴り声の先を見ると・・・窓際に別世界が広がっていた。
2
窓際の机には・・・王子様がいたんだ。
白に近い、日の光に溶けてしまうような金の髪。
外に出たことがないかのような白い肌。
そしてその身に纏うのは純白のブラウス。
襟と袖にはふんだんにフリルとレースが施されている。
そのブラウスの上には漆黒のロングベストを纏う。
ベストは膝まで丈があり、シャーリングにより裾に進むに連れて広がっている。
頭にはシルクハット。これにもレースが施されていて、豪華な黒い羽飾りまで付いていた。
そう、そこだけが絵本の中のような世界。
そこに立つ人は、童話の中の王子様だった。
あまりの美しさに、俺は息をするのも忘れそうになった。
「おい、聞いてんのか?!」
赤毛の人が詰め寄ると、その王子のような人は俺に視線を向ける。
「・・・」
黙ったままだ。謝るでも気遣うでもなく、黙ったまま。
「あの、俺担任のお使いで来ただけで・・・」
「姫」
「は???」
「は???」
突然発せられた声に、俺と赤毛の人は声を揃えて驚いた。
「は???」姫?何のことだ?
状況に付いていけない俺を他所に、その王子様は・・・
「やっと巡り会えた。俺の姫」
そう言うと王子様は俺に近付いてきて、
わけもわからぬまま俺は力強く抱き締められていた。
***
「あの、これはいったい?」
今、俺は王子様の膝に座らされている。
動こうにも、見た目に反して力強い両腕にがっちり捕まっているので、降りることができない。
赤毛の人は苦笑いを浮かべている。
「悪いね。俺はケイ。そいつは皇。服飾科の二年だよ」
「ぁ、俺は調理科一年の真幸です」
赤毛の人は「ケイ」。王子様は「皇(コウ)」。先輩だった。だから一応敬語を使う。
しかし俺が知りたいのは今の状況についてだ。
「君、真幸は皇に気に入られちゃったんだよ」
「はぁ?それって?」
「真幸は俺のものってことだ」
皇さんの俺を抱き締める腕の力が強くなった。
肩に顎を乗せて話されると。吐息が耳元に触れてくすぐったくなる。
ちんぷんかんぷんな俺は視線を泳がせることしかできない。
「まぁ、俺から説明させてもらうよ」
困り果てている俺に、ケイさんが説明してくれた。
***
服飾科は近いうちに作品発表があるらしい。
そんな中でも皇さんは服飾科でトップの実力らしく、先輩後輩、クラスメイト、教師陣までが皇さんの作品に期待している。
しかし当の本人、皇さんは「イメージが湧かない」「似合うモデルがいない」と言って全く作業に手を付けなかった。
仕方なく親友のケイさんが上質な生地を用意しても意欲が湧かず、強引に押し付けられたその生地を放り投げた所に俺がでくわした・・・ということらしい。
***
「……それで俺にどうしろと?」
「真幸は俺の作る服を着て、傍にいるだけで良いんだ」
皇さんは愛しいものを愛でるように俺の頭を撫でる。これは少し気持ち良かった。
「服を着るって言ったって、俺はモデルの経験なんかないですよ?それにそんな大切な作品発表に俺なんか・・・」
「あぁ、それは心配いらないよ。作品発表は洋服だけを見るから、モデルは必要無いんだ。真幸には皇の製作意欲を湧かせる役目を努めてほしい」
「なるほど」
なんとなく納得できた。
しかしいきなりそんな役目を言われても、中々決心がつかない。
答えを渋っていると、突然皇さんは俺を膝から降ろして立ち上がった。
俺も立ち上がるが、長身で美形の皇さんが目の前に立つととてつもない迫力だ。
「考える必要なんかない。俺が決めたんだから、真幸は俺の傍にいれば良い」
「はぁ?」
「そして真幸は俺の姫。俺だけのものだ・・・」
そう言うと皇さんは俺の前に片膝を付いて跪く。
そして流れるような仕種で俺の片手を取ると、手の甲に・・・
唇を落とした
3
「な、何すんだっ!!」
突然の皇さんの行動。手の甲とはいえ、いくら美しいとはいえ、自分と同じ男に唇を付けられた俺は叫びながら・・・
跪く皇さんの頭に踵落としを見事にきめていた。
***
沈黙の中、ミシンが動く音だけが響く。
ミシンを操るのは皇さん。そして俺は少し離れた場所に座り、皇さんの作業を眺めている。
「・・・あの、皇さん・・・」
「・・・・・・」
作業に集中して聞こえていないのか、はたまた先程の踵落としに怒り、聞こえているのに無視しているのか。
俺が声をかけても皇さんは返事をしない。
「服作ってる時の皇は何言っても意味ないから、話しかけても無駄だよ」
違う作業台で製作しているケイさんが苦笑いを浮かべて言った。
「じゃあ怒ってるわけじゃ・・・」
「ないない。機嫌悪かったら作業なんかしないから、むしろ今は機嫌良いんじゃないか?」
暴力を振るわれて機嫌が良いとは、少し危ないんじゃないだろうか。
それに皇さんが被っていたシルクハットは踵落としによりぺちゃんこだ。
怒られても仕方ないことをしたというのに・・・
いや、男にキスされたのだから当たり前のことか。
それでも・・・見るも無惨な形に変形したシルクハットを持ちながら、俺は不安で落ち着かない。
しかしケイさんはそんな俺を見て微笑んでいる。
「な、何ですか?」
「いや、それ皇のお気に入りなんだけどな。真幸は気に入られたな」
不安な俺とは裏腹にケイさんは楽しそうだ。
もう俺は訳がわからず混乱しそうだった。
しかし突然、俺の頭に何かが触れて俺は驚く。
「んなっ?!」
「動くな」
触れたのは皇さんだった。正確には皇さんが取り出したメジャーが、俺の頭に当てられている。
「・・・女物のサイズと同じで問題ないな」
「は?何が・・・」
「・・・・・・」
俺の問いには答えず、皇さんは再び作業に取りかかる。
「ほぉ~、ヘッドドレスじゃなくてボンネットにするってことは、皇の奴本気だな」
「どういう意味ですか?」
「こっちの話し」
ケイさんが楽しそうに呟いた言葉の意味がわからず聞いてみるが、答えてもらえなかった。
***
日暮れが近くなる時間、ようやく皇さんの作業が止まった。
「終わったか?」
「いゃ、あと少しだから家で仕上げる」
そう言って皇さんは片付けを始めた。
「えっと、じゃあ俺は帰っても・・・」
「明日また来い」
「え?」
てっきり俺の役目は終わりかと思ったが、皇さんからは明日も来るように言われた。
「でも、明日は俺も実習があるから遅くなります」
そう、調理科の実習授業は放課後まで片付けやレポート製作があるため、今日のような時間に来ることはできない。
しかし皇さんはお構い無しだ。
「遅くなってもいい。この服の完成には真幸がいなければいけないんだからな」
「でも夕方過ぎるかも・・・」
「来るんだ。わかったな」
俺の意見なんか聞く耳も持たず、皇さんは言い放ったのだった。
つづく
4
翌日の夕方、いや、もう日も暮れて夜と言える時間になっていた。
やはり調理科の実習は長引き、最後まで片付けを終えた俺は、下校するクラスメイト達とは違う所へ走っていた。
こんな時間になったら皇さんも帰ってるかと思ったが、先程ケイさんがわざわざ俺に伝えに来た。
「皇は真幸が来るまでいつまでも待ってるよ」
そんなことを言われては、少しでも待たさないために走ってしまう。
ガララッ
専門館の服飾科の教室へ着き、俺は勢いよく戸を開けた。
「・・・遅かったな」
教室の電気は消えている中、皇さんは昨日と同じように窓際に佇んでいる。
昨日は日の光に溶けてしまうように見えた金色の髪の毛も、日の暮れた今は月明かりを反射して、暗い中で美しく輝く。
「すいませんっ。実習が遅れて・・・」
「わかっている。それより作品ができたから着てくれ」
淡々と話を進める皇さんは、俺に服が入った紙袋を差し出す。
「えっと、試着室とかは?」
服だけ渡されても、どこで着替えれば良いかわからず戸惑ってしまう。
「この服は真幸一人で着れるものじゃない。俺が手伝うからここで着替えろ」
「はぁ?!」
思わず声をあげて驚いてしまった。
男同士だからといって、親しい男友達でもない皇さんの目の前で着替えろなんて言われれば躊躇するに決まっている。
「いやっ、着替え方教えてくれれば自分で着ますから!」
「黙って着替えるぞ。早く制服を脱げ」
慌てる俺などお構い無しに、皇さんは俺の制服に手をかけようとする。
「やめっ、自分でできる!」
皇さんの目の前で制服を脱ぐのは抵抗があったが、脱がされるくらいなら自分で脱いだ方がマシであろう。
俺は遠慮がちに制服を脱ぎ始めた。
皇さんも少しは気遣ってくれているのか、制服を脱いでいる俺を見るようなことはしなかった。
「・・・脱げました」
教室で下着姿なんて運動部の男子がよくやっていることなのに、皇さんと二人きりだとドキドキするのは何故だろう。
俺は少し赤くなる顔を隠すように少し俯く。
「あぁ・・・」
「皇さん?」
黙ったままの皇さんが気になり少し顔を上げる。
「思っていたとおり、綺麗で望ましい少年体型だ」
「んなっ、なんだって?!」
皇さんの言葉に俺は驚くのと同時に憤りを感じた。
確かに俺は少し小柄だし、色白だ。体質なのか運動は嫌いじゃないのに筋肉がつかない。
それがコンプレックスでもあるが、こうもハッキリ「幼児体型」と言われれば怒りも沸くだろう。
しかし皇さんは淡々としたまま俺の頭を撫でた。
「勘違いするな。幼児体型ではなく少年体型だ」
「何が違っ・・・うわぁ!」
詰め寄ろうとする俺だったが、何かに視界を遮られた。
「ワンピースにしたから上から被るだけでいい」
俺の視界を遮ったのは皇さんが作った服らしい。
俺が驚いている間に、皇さんは次々と作業を進める。
頭から被せられた服から頭を出すと、襟のボタンをする。あまりゆとりがなく、少しだけ窮屈だ。
そして腰についている紐・・・リボンを腰できつめに結ぶ。なんだか腕や足元はフワフワしていてゆとりばかりなのに、背中や腰は締め上げられている気がしてよくわからない服だ。
「裏に予めパニエは縫い付けたから、これだけで充分膨らむだろう・・・」
なにやら呟くように皇さんは喋っている。
すると次は俺の頭に再び何かを被らせた。
それは長い髪の毛のウィッグだった。普段髪の毛が短い俺が急に長い髪の毛になったから、頬や首に髪の毛が触れてくすぐったい。
最後に皇さんはその上から何かを付けて、着替えは終わった。
「完成だ」
そう言った皇さんは、とても満足そうに微笑んだ。
5
「・・・へっ?!」
思わず間抜けな声が出た。
皇さんに手を引かれ姿見の前に来ると、そこに写る俺は予想もしない姿になっていた。
黒いワンピースはスカートが膝まである長さで、何段にもフリルやレースが重なっている。
襟にはレースが施され、サテンリボンで首の辺りを飾っている。
袖は肘の辺りから大きく広がり、そこにもレースとフリルがあしらわれている。
頭には黒いロングヘアのウィッグが被らされ、洋服と同じ色、レースで作られた帽子のような物が頭を覆っている。
姿見に写る俺、それはまるでヨーロッパの人形のような格好だったのだ。
「・・・って!俺は女装させられるなんて聞いてません!」
そう、俺は皇さんの製作のためにモデルをやるとは言ったが、それが女装だとは聞いていなかった。
慌てて脱ごうとする俺だったが、それは皇さんにより止められる。
抱き締められるように体を押さえられ、動けなくなった。
「離せっ・・・」
「それは女装じゃない」
慌てる俺に反して皇さんは落ち着いて淡々と話す。
「洋服に性別があるか?それを着る者が勝手に定義付けただけだろう」
「そ、それは・・・」
「性別に関係なく、自分が好きで着る。楽しんで着れることこそ本当のお洒落だと思わないか?」
皇さんの言葉は不思議と俺の心に響く。
確かに服を着る俺達には性別がある。
けど洋服自体に性別がある訳ではない。
誰かに迷惑をかけないのであれば、好きな服を着ることに女装も何もないかもしれない。
俺が大人しくなると、皇さんは腕を離した。
そして再び、昨日のように俺の前に片膝をついて跪いた。
「真幸、真幸は俺の姫だ。一目見た時から俺は真幸に心奪われた」
皇さんは流れるような動きで俺の手を取り、そっと唇を落とすと、
「俺の服を着るのも真幸。俺が服を作るのも真幸のためだけだ」
「真幸を永遠に愛すると誓おう」
見上げる形で俺の瞳を見つめて、そう言った。
魔法にかけられたのか、本当に皇さんを好きになったのかはわからない。
けれど俺は跪く皇さんの前で膝をつき、皇さんの首に腕を回して抱きついた。
灯りの消えた暗い教室。
月明かりが照らす中、俺と皇さんの影が重なった。
***
服飾科の作品発表は無事に終わった。
皇さんが俺のために作ったという黒いワンピースも、最高評価をもらえて、ケイさんを始め服飾科の皆が安心した。
これで俺の役目も終わった。
そう思っていたのだが・・・
「あの、皇さん。本当にこの格好で出かけるんですか?」
「あぁ、姫を隣に歩くのが夢だったんだ」
普段、人形のように無表情の皇さんの顔が、金髪に負けないくらい眩しく輝いている。
週末の放課後、服飾科の教室に呼ばれた俺は、皇さんにされるがまま着替えさせられた。
着ているのはもちろんアノ黒いワンピース。
ロングヘアのウィッグにボンネット。そして皇さんが用意したのか、今日は靴まで履かされた。
そんな皇さんも今日はいつもより華やかだ。
羽飾りの他に薔薇の花まであしらったシルクハット。この間俺が潰した物とは別らしい。
ブラウスのレースもいつもより細かい模様だし、ベストには銀色の糸で綺麗な刺繍が施されている。
…まさしく王子様だ。
美しくありながら男らしい、そんな皇さんについ頬を赤くしてしまう。
皇さんは俺の足に、履くのも脱ぐのも面倒臭そうな靴を履かせて、最後に服のリボンを結び直した。
椅子に座る俺の前に立つと、皇さんは軽く頭を下げて手を差し出す。
「お手を、我が愛しい姫」
「・・・喜んでって言えば良いんでしょ?」
仕方ないような苦笑いを浮かべて手を添える俺に、皇さんは満足そうに頷いた。
皇さんにとって俺が姫なら、俺も皇さんを王子様として見よう。
そしてこの教室が、小さな俺たちの城。
End